カテーテルアブレーション手術までの長い道のり ⑫

こんなに簡単に決めていいのか。

心房粗動で高周波アブレーションを緊急に

やることになった私は、入院生活を始めました。

 

ゴールデンウイークに受診して、夏休みにアブレーションの予約をとる。

のはずですが、緊急入院、3日後にはアブレーションという急展開。

さすが、年間1000回の実績病院ですね。

 

この急展開は、どうなるのでしょう

 

英語圏では、ミッドナイトは夜中ごろではなく、

ピッタリ深夜0時を指すようです。

さて、さて入院あるあるの話題です。

同室者とのトラブルです。

みんな、病気で入院しているので、全員ストレスを抱えています。

トラブルが発生しやすいのです。

 

深夜の病院で起こったすこし恐怖の出来事

ミッドナイトに人の気配を感じた私は、身構えました。

 

私が入った6人部屋の一番入り口に近いところのベットが空きでした。

急に人の気配がして、どやどやといっぱいの人がやってきました。

色々な指示の声が聞こえます。

 

どかどかと何やら物々しい感じです。

 

実はこの病院は救急患者が多いので、のべつまくなしに救急車が出入りしているのです。

赤い回転灯が、幻燈のように見えます。

 

ミッドナイトに転院してきた人は、その一番入り口側のベッドに入りました。

看護師さんも複数きて、あわただしい感じでした。

点滴もつけられているようです。

 

そのうちに、その患者さんのこの深夜の転院のいきさつについてもわかってきました。

聞いていたわけではありませんが、なにせ、仕切りはカーテン一枚全部聞こえます。

いきさつの詳細はわかりません。しかし、前の病院を円満退社というのではないな

というのがわかりました。

いくら狭い病室でもプライバシーは大切です。それ以上は関心を持たないように

しっかり、布団をかぶって聞かないようにしていました。

 

いいひとらしいぞ

と思いました。

なぜなら、その紳士はとても腰が低い人だったからです。

 

その初めの感じは、看護師や医師に対しても

非常に丁寧で上品、感謝の言葉を幾度となくのべ、

なんでも、はいはいとよく返事をしていました。

礼儀正しいいい人だな、と思いました。

同室のみんなもそう思ったと思います。

 

それが、違ったのです。

全く真逆の悪い紳士だったのです。

 

これから恐怖の入院第二日目が始まったのです。

その、深夜の来訪者は

医師、看護士が帰った後、豹変したのです。

 

文句太郎どころではありません。

呪いという方が正しいでしょう。

 

嘆きと文句と恨み、つらみ、不満の塊がそこにあり、

そこから呪詛が再生され止まらないテープレコーダーをご想像下さい。

その、大きい独り言は部屋中に響き渡りました。

 

それでなくても弱って入院している同室のあと5名の患者、

わたしも含めて、そのうちおとなしく寝るだろうと高をくくっていました。

 

それが、止まらないのです。

 

一晩中です。ノンストップです。

1秒も黙らず恨み言を聞かされる私たちの身になってほしい。

それも、繰り返し同じことを

 

簡単に言えば、転院してきた前の病院に対する不満が大きいようでした。

その病院名は、書けません。

 

これほどの負のイメージを再生し続けるのは、相当なことですね。

 

病気か精神を弱らせ、鬱状態を発生させたとしか思えません。

まあ、病気なんだから、みんな嘆きもあるだろう。

 

精神がつかれているのかもかもしれないな。

 

自分もなぜこんな病気になったんだ、という嘆きは同様にもっていましたが、

 

彼は違いました。

 

ここは大人になって我慢しようと思いました。

金持ち喧嘩せずといいます。(私は全然金持ちではありませんが。)

同室のみんなもきっとそう思ったと思います。

 

まあ、いつまでもこの病室にはいないだろう、

ここはアブレーション待ちの人たちの控室だから、

夜が明けたら、それなりの病室に移るだろうと。

明日は、きっと個室に移るだろう。

と布団をかぶって寝たふりをしました。が、耐えられない感じです。

 

深夜1時、エスカレートしてきました。

声が大きくなった来ましたよ。

これは叫びだ。

事態は悪化しています。

 

内容は触れませんが、そんな、個人情報を大声でみんなに

聞かせていいものかというような内容です。

おもに、怒り、恨み、嘆きなのです。

 

この嘆きを聞かされる私たち、これから病気と闘っていこうとする、僕らをなえさせるのです。

 

ガッカリさせるのです。

 

耐えきれなくなった私は、トイレに行ったついでに、部屋に戻らず深夜の廊下で座っていました。

 

深夜1時45分です。そして、廊下の窓の外の街明かりを見ながら、

自分の運命について考えていました。

 

「まったくさえないな」と顔を手のひらでこすり、髪をぼりぼり掻きました。

救急車の赤い回転灯がまた見えました。サイレンは止めているので回転する赤い光のみです。

 

しばらくすると、廊下にだれか一人やってきました。

同室の人です。普通のおじさんです。

 

「いやになるぜ、こっちも気がめいってきたぜ」と、話しかけてきました。

 

同意すると、隣に座り、自分の病気のことについて話し始めました。

 

私とは違って、徐脈(脈が遅くなること)で、ペースメーカーを入れたこと、

心臓が止まりそうになったら、ペースメーカーがそれが活を入れてくれるそうです。

 

「心臓止まったら、死んじゃうぜ」とか

 

「電池は10年もつんだぜ」とか

 

胸の手術の後まで見せてくれました。

きれいで、ペースメーカーが下にあるとは思えない出来でした。

 

私には、見せるものがないので、北海道の地元ネタを披露しました。

 

しばらくすると、もう一人出てきました。普通のおじさんです。

やはり、うるさくて眠れないそうです。

 

「うらみってすごいね」と静かに言いました。

深夜2時過ぎ、廊下の会は解散して部屋に戻りました。

 

あきらめて布団をかぶりました。

 

その時です。部屋の窓側の奥の方から、大きな声で、

 

「もういい加減にしないか、うるさいんだよ。」

「みんな疲れてるんだよ、だまりなさい」

と、禅僧のような一喝がありました。

 

と暗い病室に緊張が走りました。

 

廊下の会とは別の人です。

 

一喝されて、声は少し小さくなりました。

ぶつぶつ程度に音量は弱まりました。

 

そうしたら、こんどは、ほかの病室からの、

咳が止まらない音、何かの声が聞こえるようになりました。

 

病院の第一夜はこのような波乱含みの幕開けでした。

 

今度手術するときは、高くても個室にします。

 

と心に誓うのでした。

 

夜が明けたら、その人はどこかに運ばれていきました。

どうなったかは、知りません。

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私たちは、きっと定められた運命に従って生きていくのでしょう。

 

 

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