手術日が決まったら、次なる難関。 ⑪

栗のコンポート

一昨日会ったばかりの主治医から説明がありました。

検査の結果は、手術には影響せずに

手術日が決まりました。2日後です。いよいよ心が決まりました。

経食道心エコーの結果でも、血のよどみや血栓は認められずに、そのままGOサインが出たのです。

この血栓があるのに手術すると、脳に飛び脳梗塞を起こすのです。

命に係わる大変なことです。

あの、つらい検査は必要不可欠なのです。

主治医からの説明
家人と二人小さな部屋に入りました。
ホワイトボードとパソコンと心臓模型がありました。

事前の検査結果で問題になるところがなかったので2日後に手術ができますということでした。

①心房粗動の手術は、焼くところが決まっているので短時間でできること。

②グルグル回る信号を止めるように線上にぐるっと焼けばいいこと。
③手術時間は短くなる予定なので、尿道カテーテルはいらないこと。
ホワイトボードに図を描いてくれて、丁寧に説明してくれました。
また、心臓についての一般的なレクチャーもしてくれました。

関東在住の方は、家に戻るのでしょうが、何せ北海道からきているので帰るわけにはいきません。

北海道まで1000km、遠いです。

横須賀にきてからの時間の流れは夢みたいなものです。

このような運命を受け入れるかしかありません。

 

家人は、デニーズのメニューを制覇するぞと意気込んでいました。落ち着くし、好きなものがいっぱいあるし、ナナコも使えるしなんて、また、はしゃいでました。

普段から旅行に連れて行かなかったバチが当たったようです。

 

その騒動とは

この、病院の近くのホテルで、その夜、家人は大変な目に遭遇するのです。駅前にあるような大きなホテルではなく、ただ病院に近いだけのホテル。

また、横須賀という土地柄、米軍の基地があり水兵さんが多い。簡単に言うと、外人ばかりのホテルです。

なんと、古ぼけたホテルなので、部屋にカギはついてるがチェーンがついてない。

セキュリテーが昭和の時代なみに遅れているということでしょう。

心細いし、不安になりソファーをドアのところまで持っていき、バリケードを築くことになったということです。

結局は何事もなく、普通のホテルでした。というのが落ちですが。

 

知らない土地の知らないホテル、心細いこともあったのでしょう。

そこで、病院からはちょっと遠いけど、駅前のビジネスホテルに変えました。そこは、チェーンがもちろんあります。

私のように、地方から手術のために来る方は。家人のホテルもしっかりと考えた方がいいでしょう。

 

京急横須賀中央駅すぐそばのセ〇〇〇〇ホテルにしました。ここは、駅に近いし、近くものデパ地下の

寿司のパックが非常にうまい。夕食は、寿司パックに決まりです。

汐入にも結構いいホテルがありました。

何せ、心臓手術です。失敗、後悔はしたくないから、ここまで来たのです

自分ができる最善のことをするのがいいでしょう。やはり、腕というものがあるのではないでしょうか、

経験と腕のある(器用な)医師とそれと同時に大事なのが、

スタッフです。

これが、地方では揃わない。

腕のいい医師を、東京から招いてする病院が多いですが、スタッフまでは連れてこないでしょう。

実力を発揮するためには、下支えする人々がチーム必要なのです。

 

さて暇すぎる私は、

東京見物に出かけるわけにもいきません。中途半端な気持ちでベッドに寝そべりました。

きちんと3食食べてます。あまり動かないので便秘になるのではないかと心配しましたが、さすが病院食きちんと計算されていますね。

病院からは出ていけないので、自然と同じ階の談話室に行って、ジュースを飲んだりしましたが、すぐ飽きました。

 

まる2日間も何もとりあえずすることがない、という贅沢を味わいました。

ラジオも聞き飽きました。シャワーに入りたかったので、予約しました。

入ってますの看板を掛けて入りました。凄く広い、車いす対応の浴室でした。

さっぱりして、また、雑誌を読んでうとうとしました。夕方になっていて、うすぼんやりしています。

もう職場のことは忘れました(笑)

 

食事もおいしくいただきました。何か幸せな感じでしたが。この幸せ感は、この夜から、破られました。

ミッドナイト夜12時ちょうどからそれが始まったのです。

ここは、大病院ですから、救急車がのべつ幕なしに入ってきます。常時、ピーポーなっている状態です。私は、6人部屋の真ん中に寝ています。ほかに、3人いて、4人で仲良く暮らしていたのですが。

急患が入ってきました、ほかの病院からの転院のようです。

何せカーテン一枚で区切られてるだけですから、秘密は守られません。

私たち4人は、眠られない夜を迎えたのです。

静かに入ってきたわけではありません。どやどやと入ってきました。何人もの医者と看護師さんが一緒でした。

何やら、どこぞから転院してきたようです。

こんな夜遅くに、症状が急変したのでしょうか、それならば、処置室なり、ICUなりもっと緊迫したセクションに行くでしょう

しかし、アブレーションの順番待ちをして、静かに暮らしている人たちの部屋に入ってくるとは、何者だ。

おじいさんのようでした。

あまり悪い予感はありませんでしたが、甘かったのです。

私たちは、お人よしだったのです。

以下次回

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