覚悟を決めて、入院生活を始めます。⑨

さあ、はるばるとやってきました。

いま、発作が起きてもおかしくはありません。などといろいろ考えるのはよくありません。

落ち着いていました。まさか手術までするはめになるとは、人生なんでも何が起きるかわかりませんね。

「運命」

というものは、あるにしても。

 

卵とカブ

「いい運命」と「悪い運命」がありますね、若くして余命を宣告された人がいかに残された人生を真剣に大切に生きたか、という

お話はよく聞きますね。

「賽は投げられた」

 

そのような、話を聞いて、まさか自分の身にまさか、病魔が襲いかかるとは考えないものです。

東京あたりの交通網の発達はすごいですね、特にスイカ、PASMOがあれば、乗り継ぎ料金を考えたり、切符を買わなくて済むのがいいですね。

昔はよく切符を買うのに悩んだな。ということを思い出しました。

 

さて、慣れない旅行先で移動をたった一人ですることになった家人はどうしたでしょう。

家人はJR北海道のカード「Kitaca」キタカをもって、改札を通ろうとしましたが、その時、改札機にタッチするのではなく、

Kitaca本体を切符の入れるところに突っ込んで、駅員を呼んで大騒ぎしたそうです。

行きは、私の後をついて、タッチしてたわけですが、やはり少し動揺していたのでしょう。

 

さて私は、入院のための手続きをしなければなりません。たくさん書類を書きました。

そして、入院保証人の所で、家人のほかにもう一人保証人が必要でした。

 

北海道の兄に電話しました。とりあえず手術の予約をしようと思ってきたので、誰にもこの病院行きは知らせていませんでした。

「どこに、いると思う」から、始まる会話は、長くは続かず、保証人になってもらうことを伝えました。

住所も聞いて、これで書類が書けます。

「じゃ、頑張って」尻切れトンボの会話をして。電話を切りました。

 

家人は自分の荷物は置いて、私の荷物だけ持ちました。病院にトンボ帰りしました。

私は、看護師さんに連れられて、病室に行きました。

病室に連れられて
病室は、6人部屋でした。すでに、3名ほどいました。
挨拶をしようと思いましたが。寝ているのであとにしようと思いました。
みんな、アブレーション手術の順番待ちです。一日当たり3~4人をこなさないと1000例はできません。
毎日が手術日のようです。

普通の病院は、何曜日がか手術日と決まっているようですが、

しかし、ベッド間の広さがあまりありません。すこし、息苦しい感じがします、6人部屋は大変です。

結局、退院まで、カーテンで仕切られているだけのすごく近い間合いですが、親しくしゃべることはありませんでした。

みんな、手術の順番待ちのようでした。次々と運ばれていくのでしょう。

朝里風景

この日は、もうすでに4時、

もらった寝巻に着替えて、ポツンとベットの上に座りました。目まぐるしかった今日を、ぼんやり考えていました。
入院のためのものを売店で買わないといけません。病院の中を偵察に出発することにしました。

まず、同じ階に、自動販売機のある休憩所みたいところを発見しました。雑誌と新聞があります。

ふむふむ、ここには何回も来そうだな。

 

次に、売店を目指します。ラジオを聴くための長いイヤホンを手に入れたいと思ったのです。

ベットで、絶対安静の時間が長時間で、ものすごい苦痛だと書いてあるのを見たので。
また、文芸春秋などのボリームのある雑誌を一冊、この時は、ガラケーしか持ってなかったので今の人は
スマホがあれば、何時間でもつぶせますね。
冷蔵庫に入れる水、お茶、ジュースなどを買いました。ポッキーも
それから、手術の時はく、T字帯(ふんどしみたいやつ)などなど、なにか、遠足の前のような気分になったいるのがおかしいです。

家人が、1人でホテルに帰ります。今日はあの豪華な部屋を独り占めできるな。なんて、はしゃいでますが。

不安はあるようです。カードを切符の所に入れないように注意しました。

それから、明日は、そんなに早く来なくてもいいことなど

 

家人の明日から、泊まるところを探すこと、JALの帰りの搭乗券をキャンセルする仕事が残っています。

私は、ガラケーだったので、色々操作したら、パケット通信料が6000円にもなりました。

 

職場に電話しました。しばらく行かないと。(笑)

 

明日、医師から説明を受けることになってます。心配です。

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