アブレーションそして3年目、  考えすぎない、単純に生きる㉑

あらすじ

心房粗動をカンターショックで止めること3回、さすがに心臓が疲れ、

病院の薬局の前で、倒れ、一時意識不明になりました.

 

緊急入院して、ヘロヘロになりながら、一生懸命考え、

 

カテーテルアブレーション手術を受けに、北海道から横須賀まで行きました。

運よく、あれよあれよという間に、手術は成功し、

6か月点検、12か月点検、24か月点検、

そして今年36か月点検を受け、全快ということになりました。

 

その奮闘記は、前の記事をお読みください。

今は、禁酒に成功し、あれから一滴も飲んでいません。

適度な運動をしようと自転車のロードバイクを購入しましたが、お尻が痛い。

好きな水泳はできなくなりました。

 

習慣というものは、ある日を境にあっけなくも変わっていくものです。

万物流転とでもいうんですかね。

前に、東京の葛飾柴又、映画「男はつらいよ」記念館に行ったことがあります。

そして、その近くの、あの川の土手に座り「矢切の渡し」を見ました。

人生を旅で終えた寅さんの気持ちが少しわかります。

 

人はどこかに向かって進み、戻り、また分かれていくものなのでしょう。

仕事は、変わりなくストレスを抱えながら、何とかやっていますが。

飲み会等お付き合いはできなくなりました。年のせいもあるかもしれません。

それはそれで、かえって楽だと気づきました。飲み会でも、行きたくないのがありますからね。

煩わしいことは、整理していこう。

自分のやりたいことをしよう。

自分を信じよう。

しかし、自分の中に、やりきれない怒りみたいものが存在するな!と感じることがあります。

始めは怒り、そして、あきらめ、少し前向きになる。

誰もいないところで、例えば車の中で、コノヤロー、とか、アー嫌になるとか叫んで、

ストレスを発散させることもいいでしょう。

これは、悪いことではない。特に、家族にには見せたくないものですね。

この怒りは、確かに自分にはある。と思います。

この怒りは人類誕生の時に

この厳しい環境を生き残るために生きるエネルギーの一つとして加えられたものでしょう。

 

いつもいい人間、優しい人間ではいられない。

あるとしたら、本能のどこかにあるものとしたら、人間が生まれたころ、原始時代、洞穴に隠れて、

野性動物や自然の脅威にさらされていたころの記憶が残っているのではないでしょうか。

飢えや渇きに突発的に大きな力、行動力を得るために

しかし、いつも危機的状況では、疲れちゃう。

 

最後に、危機的状況を打破する力。力となるのは怒りに似た力ではないのでしょうか。

優しく親切で、いつも微笑んでるだけでは、きっと生きのびられない。

だから人類は、大脳旧皮質をわずかに残しているのではないか。と、唐突に考えました。

生きることはなかなかに、複雑で難しい。

 

内なる怒りを意識しながら

ほどほど頑張ります。

3年後の今、わたくしの心臓君は、洞調律を刻み、調子がいいですが。

不整脈(期外収縮)はたまに、月1ぐらいですが、感じることがあります。

やはり、大きなストレスだったり、体が疲労しているときなどです。

気にするとまた、頻脈、粗動へ進みそうで、それでまた、ドキドキします。

こういう時は、すぐ眠るに限ります。

睡眠は大事です。

白い灯台

しかし、夜明けごろ、交感神経、副交感神経の入れ替わりがあり

そのタイミングで、不整脈が出やすいと書かれている本もありました。

考えすぎはよくないぞ。ノンアルビールを飲んで寝ます。

今思うことは、

この小さな世界で、生き続けることの大変さを感じることと、

その大変さを、そんなんでもないやと、自嘲する自分がいることです。

シンプルライフ

単純に生きる

ということについて考えています。

 

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